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新宿大通りの歴史
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新宿大通りの歴史

第四章 戦時中〜終戦直後・昭和三十年代 太平洋戦争から戦後へ

[1] 大通商店街にとって致命的な統制、配給
[2] ヤミ市が大通りの復興に傷痕残す
[3] 連帯意識が商店会結成の気運を高める



[2] ヤミ市が大通りの復興に傷痕残す

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昭和21年のヤミ市
昭和21年のヤミ市
新宿大通商店街振興組合刊
『新宿大通り280年史』より
(新宿区広報室提供)

 敗戦直後にまずはじまったのは、新宿駅近くの青空市場である。復員してきた軍人が、軍隊から持ち帰ったものをリュックの中から取り出していたり、自分の家にあるもので何か売れそうなものを自転車の荷台に乗せて店を広げていたり、風呂敷やトタンを地べたに敷いて並べていたり、またたく間に何百人か何千人かが集まる場所になっていった。

 焼けトタンや廃材で小屋がけをして商売をはじめる人が出てくるようになると、ある日突然、この地域の大区画をヨシズやベニヤで仮設したヤミ屋街がいくつも出現する。新宿大通りに面したヤミ屋街は、高野果実店の脇から三越あたりまでの一角であり、戦前この土地で商売していた人たち(松喜屋、中村屋)も自分の土地に帰ろうとしたとき、すでに建っていたということだ。尾津というテキ屋の親分が登場し、東口に一大マーケットを開花させたことはよく知られている。

 敗戦によってある意味ではテキ屋と同じように、何の規制も受けなくなった需要家たちがそこに殺到し、正規の流通経路には乗せられない物資をもつものが需要を求めてやってきた。まさに、「ブラック・マーケット」という名そのままの状態であり、「光は新宿より」といったキャッチフレーズも打ち出されている。

 しかしこのヤミ市は、新宿大通りの商店街の復興に大きな傷痕を残した。ある日突然、無法にも土地を占領された人たち11人は、昭和21年、「睦会」という告訴団体をつくり、訴訟に踏み切った。昭和23年に裁判上の解決はみたものの、実質的に土地を取り戻せたのは、中村屋が29年、松喜屋が30年、店によっては最後の解決をみたのが昭和51年というところもあり、訴訟の年からまる30年間という痛恨の歴史となった。

新宿駅も食料買い出しの人であふれていた 新宿駅東口附近のマーケット
新宿駅も食料買い出しの人であふれていた
新宿大通商店街振興組合刊
『新宿大通り280年史』より
新宿駅東口附近のマーケット
新宿大通商店街振興組合刊
『新宿大通り280年史』より(新宿区広報室提供)
 

 

 敗戦の年の20年に営業できたのは、伊勢丹をはじめ、幸いに焼け残った二丁目の部分で、昭友書店、カナザワ理容室、成田金属、衛光堂など、戦前の家屋があり、扱い商品にも特別困難のなかった店が主である。ほかにはサトウ、新盛堂、アルプス堂、新たに進出してきた帝都無線などに過ぎない。他の多くが、21年以降25年ぐらいまでの復帰であり、世情の安定をみてそれなりの見通しなり準備を経た上で再起した店舗が多かった。それだけに回復基調は早かったようである。戦災の痛手から再起を諦めた店も多かったようだが、焼け残った映画の帝都座の再開に続いて、21年カワセが映画館を開業、武蔵野ビヤレストランが進駐軍専用として開業、さらにコタニ、さくらや、三光堂が再開、新宿日進、大江山金物店、倉前産業などは22年に再起もしくは転進し、続々復活している。 

 これらの店に共通の特徴は、統制経済の範囲外かもしくはいち早く解除されたものである。当時、食うに必死であったとはいえ、新宿大通りというメインストリートを支えてきた商店主たちは、やはり本来の商道にもどらないだけの矜持をもっていたといえよう。

昭和21年頃の大通りと露天 昭和20年から22年頃の伊勢丹の広告
昭和21年頃の大通りと露天
東京都江戸東京博物館刊
『ヤミ市模型の調査と展示』から
(朝日新聞社提供)
昭和20年から22年頃の伊勢丹の広告
新宿大通商店街振興組合刊
『新宿大通280年史』より(伊勢丹提供)
 

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[1] 大通商店街にとって致命的な統制、配給
[2] ヤミ市が大通りの復興に傷痕残す
[3] 連帯意識が商店会結成の気運を高める

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